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大阪高等裁判所 昭和54年(う)501号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

押収してある剣型スコップ一丁を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人丸山富夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官阿部敏夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第二(事実誤認の主張)について

論旨は要するに、原判決は、本件強盗殺人における被告人の殺意の発生時期について、被告人は、「昭和五二年一〇月一〇日ころには、被害者八ヶ代道一宅に乗り込み、同人を脅して金をとり、その後は被告人の身元を知られている以上殺害せねば仕方がないとまで思いつめるようになり、」と判示したうえ、「同月二一日、被告人所有の普通乗用自動車で大阪市東住吉区今川町三五〇三番地の白鷺公園グランド北側路上まで行き、同所で停車した右自動車内で、二三日の見合いの断りや、それに対する八ヶ代の反応等について種々思いめぐらすうち、同日午後三時三〇分ころに至り、この上は当初の予定どおり、右八ヶ代道一を脅迫して同人から金品を強奪し、しかるのちに同人を殺害しようと決意するに至り、」その実行として本件強盗殺人に及んだ、と認定しているが、被告人は、事前に殺人を計画していたものではなく、単なる強盗の犯意をもって本件犯行現場に臨み、原判示のとおり強盗の実行行為に及んだ際、偶々八ヶ代の所持していた手帳に辞世の句が書いてあるのを見つけたことから、これを利用すれば同人が自殺をしたようにみせかけることができると思いつき、ここにはじめて、同人を殺害して犯跡を隠ぺいすることを決意するに至ったのであるから、原判決の右事実認定は、右殺意の発生時期の点について、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

よって案ずるに、記録によると、被告人は、昭和五二年一二月九日本件窃盗(原判示第三の別紙犯罪一覧表番号4の事実)の嫌疑で警察に逮捕されたのち、同月一二日取調べの警察官に対し本件強盗殺人と死体遺棄の事実を自白したが、さらにその殺意の発生時期については、同月一五日の警察官の取調べの際に、「同年一〇月二三日の明け方頃、さきに強取したキャッシュカードの暗証番号を八ヶ代から聞き出し、そのあと金を引き出す方法をいろいろ考えた末、同人を旅行に誘って金を引き出させたあと殺すのが一番よいと思いついた。」旨、翌一六日の検察官の取調べの際に、「同年一〇月二二日夜、八ヶ代が被告人の脅迫行為におそれてキャッシュカードなどを差し出したので、そのキャッシュカードの番号などを聞き出すためにとりあえず同人の両手首と首を縛りつけたが、いずれにしてもそのようにして金をとる以上は、八ヶ代を生かしておくわけにはいかんという気になった。」旨、それぞれ供述したあと、同月二五日の検察官の取調べに際し、「殺意の発生時期に関する従前の供述はすべて虚偽であり、本当のことを言えば死刑になるかも知れないと思って、ありのままを話すことができなかった。」と述べたうえ、当初から殺意をもって本件強盗行為に及んだことを自認するに至り、以後捜査官に対し、「被告人は八ヶ代に身元を知られているうえ、右足首が不自由で、歩行の際足を引きずるという身体的特徴があったので、顔を隠してみても、同人の目をごまかすことができないことはわかっており、同人宅に強盗に入る以上、同人を殺害しなければ仕方がないと思った。」旨述べて、原判決の認定する事前の殺意の存在を認める供述をし、このことを前提に、さらに本件各犯行の状況を具体的かつ詳細に供述するに至ったこと、ところが、被告人は、原審公判段階において、「最初は八ヶ代を脅して金をとるだけの積りであったが、本件強盗の実行行為に及んだ際、偶々同人の所持していた手帳に辞世の句が書いてあるのをみつけたことから、これを利用し、同人が自殺をしたようにみせかけて殺害しうよと決意した。」旨、所論に沿う供述をして、事前の殺意の存在を否定し、爾来これと同旨の供述を維持していることが明らかである。しかしながら、八ヶ代は、当時被告人が営んでいた結婚あっせん業の顧客として、被告人と面識を有し、被告人が右足首が不自由で歩行の際足を引きずることも知悉しており、被告人が同人に対して強盗を働けば、その犯人が被告人であることを同人に知られることは到底避けられない状況にあったことが、証拠上明らかであるところ、この点につき、被告人は、原審公判廷において、事前の殺意の存在を否定したうえ、「逮捕されることは覚悟しており、犯行後姿を隠す積りであった。」旨供述するのであるが、本件犯行に際しその姿を隠す場所、方法等について具体的な目途を立てていた形跡は窺われないのみならず、原判決挙示の各証拠によって明らかなように、被告人は、当時妻及び高校生の長男と同居して一応平穏な家庭生活を営んでおり、その生計を被告人に依存している家族を放置してたやすく姿を隠せるような立場にはなかったし、また当時借金等があってまとまった金の捻出に苦慮していたものの、その金を即座に準備しなければならない必要に迫られていたわけではなく、犯人が被告人であることを被害者に知られた以上、早晩逮捕されて相当長期間の服役を免れえないことがみすみすわかっていながら、それでもなおかつ犯人の発覚の防止を図ろうともせず、右服役を甘受して強盗の挙に出なければならないほど切迫した事情があったとも窺われないのであるから、被告人の右供述は不合理で首肯しがたいものというほかなく、このことに加えて、前記のとおり被告人が事前の殺意の存在を認める供述をする以前の捜査段階においては、その殺意の発生時期を「八ヶ代からキャッシュカードの番号を聞き出したあと」、或いは「八ヶ代がキャッシュカードを差し出した直後」と述べており、「八ヶ代の所持していた手帳に辞世の句が書いてあるのをみつけたことから殺意を生じるに至った。」との供述は、原審公判段階に至ってはじめてなされるに至ったものであることなどに徴すると、被告人の原審公判段階における所論に沿う前記供述は、信用しがたいものといわなければならない。一方、昭和五二年一二月二五日以降の捜査段階における、事前の殺意の存在を認める被告人の前記供述は、犯行の発覚をおそれ、その原因となる状況を予め排除しておこうとする犯罪者の通常の心理に適合した自然な内容のもので、本件強盗殺人の犯行に際し、現場に指紋を残さないように、予め被告人において手袋を準備して携行していることとも符合するものであることのほか、さきに認定したような殺意の発生時期に関する被告人の捜査段階における供述経過などに照らすと、右供述は十分信用に値するものと認められ、原判決が右供述に基づいて原判示のとおり事前の殺意の存在を認定判示したことは、相当としてこれを肯認することができる。被告人は、原審公判廷において、「取調べの警察官に対し、捜査の当初から、殺意を生じたのは八ヶ代の所持していた手帳に辞世の句が書いてあるのをみてからのことである旨、原審公判廷での供述と同旨の供述をしたが、これを取り上げてもらえなかった。」旨弁解するが、さきに認定したとおり、捜査段階の当初における被告人の各供述調書には、被告人が任意に供述したとみられる事前の殺意の存在を否定する趣旨の供述が録取されており、しかもその供述内容は、いずれも被告人の原審公判廷における供述とは明らかに異なるものであって、他に、被告人が捜査段階において、原審公判廷における供述と同旨の供述をした形跡を窺うにたる証拠は存在しないから、被告人の右弁解は信用することができない。

所論は、殺意の発生時期に関する原判決の認定が誤っていることを裏付ける事情として、(一)原判決は、被告人が昭和五二年一〇月一〇日頃、八ヶ代を殺害せねば仕方がないとまで思いつめたと認定しているが、同日以降においても、被告人は、同人の依頼に応じてその期待に応えるべく、A子との見合いの話を一生懸命にすすめており、その間殺害の実行を目的とする行為には出ていないこと、(二)原判決の認定によれば、被告人が八ヶ代の殺害を決意したのは同月二一日午後三時三〇分頃というのであるが、もしそうであるならば、その実行に移る前に、さきに被告人の仲介で同月二三日に予定されていた八ヶ代とA子との見合いの件につき、後々のトラブルを起こさないように、被告人がA子に対してこれを中止する旨の連絡をしておくのが自然であると考えられるのに、このような連絡をした事実がないこと、(三)被告人は、本件犯行を実行する目的で同月二一日八ヶ代宅を訪れたが、その時刻は午後四時三〇分頃という夕方の未だ明るい時間帯であったこと、(四)被告人は、同日右犯行を果せないまま八ヶ代宅から夜遅く帰宅したが、その際妻B子や知人のCに対し、八ヶ代宅へ行ってきたことを正直に話していること、(五)同月二二日午後六時過ぎ頃、被告人が本件犯行の目的で八ヶ代宅に赴く際、愛人のD子に対し、これから八ヶ代宅に行く旨を告げていること、(六)同日八ヶ代宅に赴く際、被告人が妻B子に予め外泊することを告げていないこと、(七)同月二一日と翌二二日に、それぞれ本件犯行を実行する目的で八ヶ代宅に赴いた際、予め八ヶ代の死体を遺棄する際に用いるスコップを準備していなかったこと、(八)同月二三日日午前四時頃、八ヶ代からキャッシュカードの暗証番号を聞き出したのちも、被告人において直ちに八ヶ代の殺害行為に着手せず、翌二四日まで同人宅に居座っていたこと、等の各事実を挙げ、これらの事実に照らすと、原判決の右認定の誤りであることは明白であると主張する。しかしながら、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、昭和五二年一〇月一〇日頃には、八ヶ代を殺害せねば仕方がないとまで思いつめるようになっていたものの、同月二一日にその殺害を決意するまでの間は、原判示の借金の返済期日が到来する同月末日頃までの間に機会をみてその犯行に出ればよいと考えていた程度で、未だこれを現実のものとして決断するには至っていなかったことから、特段の行動に出ることなく従前どおりの生活を続けていたもので、その間八ヶ代の要望に応じてA子との見合いの話をすすめることにより、これまでどおりに八ヶ代との関係を維持しておくことが、右犯行の機会をうかがううえに便宜であったという事情も存したことが認められるから、所論(一)(二)の各事実は、なんら原判決の右認定を妨げるものではない。また、所論(三)ないし(六)の各事実は、後日予想される本件犯行の捜査に際し、仮にこれらの事実が明らかになったとしても、このことによって直ちに被告人がその犯行の犯人であることを否定できなくなるような決定的な不利益がもたらされる事情とまでは認めがたく、この程度の不用意な言動は、現に殺人を企図している者についても、一般にあり勝ちなこととして、特に不自然視するにはあたらないものと考えられるし、被告人が妻B子、C及びD子らに話したのは、単に八ヶ代宅への訪問の事実のみに止まり、それ以上に本件犯行に関連するような事柄を同人らに述べた形跡は証拠上窺えないのであるから、所論(三)ないし(六)の各事実の存在が原判決の右認定を肯認する妨げとなるものではない。さらに、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、本件強盗に着手する時点では、八ヶ代を殺害したうえ、死体を同人宅から搬出して犯跡を隠ぺいする考えを有していたものの、その死体の処分方法までは具体的に決めていなかったし、本件強盗行為によって手に入れたキャッシュカードの暗証番号を八ヶ代から聞き出した時には、既に翌二三日の明け方である午前四時頃になっていて、引き続き八ヶ代を殺害しても、その死体を搬出する際に通行人などの目に触れる危険性が多分に予想される状況となっていたため、当日は日曜日でキャッシュカードを使用できないことに加えて、八ヶ代の殺害とその死体の搬出を夜間の人目につかない時間帯に行う考えのもとに、直ちに右殺害行為に着手せず、翌二四日の未明まで同人宅に居座ることとしたことが認められるから、所論(七)及び(八)の各事実は、いずれもなんら異とするにたりず、これらの各事実をもって原判決の右認定を左右することはできない。所論はいずれも採用することができない。そして、他に所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実の取調べの結果を併せ検討しても、原判決の事実認定に所論のような誤りを見出すことはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

論旨は、量刑不当を主張し、原判決は、被告人に対する量刑判断にあたり、本件について認められる被告人に有利な情状を十分に斟酌しなかったきらいがあり、その結果被告人を極刑に処した原判決の量刑は、重きに失し不当である、というのである。

よって案ずるに、原判決がその理由中において、「被告人の経歴および犯行に至る経緯」並びに「罪となるべき事実」の各標題のもとに認定する各事実は、原判決挙示の各証拠により、さきに認定した殺意の発生時期の点を含めて、すべてそのとおり是認することができる。すなわち、本件各犯行は、当時結婚のあっせん業を営んでいた被告人が、その営業が不振で殆んど収入がなく、借金の返済資金や妻に渡す生活費などに窮した挙句、右営業の顧客として知り合った被害者八ヶ代道一が恩給と息子からの仕送りにより相当の収入を得て一人住いをしていることに目をつけ、同人を脅迫して金品を強奪したうえ殺害することを企て、切り出しナイフ、白色軍手及び麻縄二本を隠し持って同人宅を訪れ、見合いの話を口実に屋内に上り込み、被告人を信頼し切っている八ヶ代と雑談を交しながら犯行の機会をうかがったうえ、わざと同人を怒らせるような言動に出て同人から罵倒されるや、それをきっかけに同人に襲いかかり、兵児帯や右麻縄を用いて同人の手足などを縛りつけ、或いは切り出しナイフを突きつけるなどの暴行脅迫を用いて同人所有の現金やキャッシュカードなどを強奪し、さらにその後も長時間にわたって同人宅に居座り、引き続き同人に右同様の暴行脅迫を加えるうち、偶々同人の所持する手帳に辞世の句が書いてあるのをみつけたことからいわゆる完全犯罪を思いつき、そのための偽装工作を施すなどしたのち、右強盗行為に着手後二七時間余を経過して疲労困憊の末ベッドで眠り込んでいる八ヶ代を扼殺し、次いで犯跡を隠ぺいするためその死体を被告人の運転する普通乗用自動車の後部トランクに入れて約二六〇キロメートル離れた鳥取県下の松林に運び込み、同所の土中にこれを埋めて右死体を遺棄し、その後、右強取したキャッシュカードを利用して前後六回にわたり現金合計二六五万三〇〇〇円を窃取したというものであって、その罪質は極めて重大で、犯行の態様も甚だ冷酷非道というほかなく、このような兇悪な犯行が被告人の利己的な動機に基づき計画的に遂行されたことに徴すると、被告人の刑責はまことに重く、極刑に処することの当否を慎重に検討すべき事案であることは否定すべくもない。

そこで、以下に所論と答弁にかんがみ、記録及び証拠物を精査し、当審における事実の取調べの結果をも参酌して、被告人を極刑に処した原判決の量刑の当否をさらに仔細に検討することとする。

(一)  被告人は、本件犯行当時不安定な職業に就き、家族の生活費をまかなえるだけの収入もなく、知人や愛人から借金をするなどして、金銭に窮していたもので、本件犯行の動機がまとまった金を入手することにあったことは証拠上明らかであり、原判決がその「量刑理由」欄の一の(三)において、右動機が主として愛人のD子との関係の維持に向けられたものであること、及び被告人が金銭に窮するに至ったのは、そもそも被告人自身の自己中心的な生活態度に由来するものであることを指摘している点は、いずれも相当として是認することができる。

所論は、原判決が指摘している右の点につき、被告人がE工業株式会社を退職することにより安定した職業を失うに至ったことについては、その経営者であるFの性格や被告人への対応の仕方などにも多くの問題点があって、被告人のみを責めることはできず、その退職の原因となった諸事情をもって被告人の悪性を判定することは相当でないし、D子との関係も、その交際の実態をみれば、一概に被告人に不利な情状ともいい切れないと主張する。なるほど、当審における事実の取調べの結果によれば、被告人は、E工業株式会社で主として事務関係の仕事に従事していたが、その経営者で姉婿にあたるFの独断的な性格を嫌い、同会社における種々の不正経理に接して次第に同人に対し信頼感を持てなくなっていたことが認められ、このような職場環境が被告人の仕事への熱意をそぐ原因となっていたことは否定できないけれども、他方、被告人が同会社を退社するに至った事情は、原判決の認定するとおりと認められるのであって、D子との愛人関係を維持し、かつ商品取引を継続するための金員を得るため、同会社の現金を使い込んだり、株券を勝手に処分したりした挙句、Fに対し、同会社の脱税等の不正行為を官公署や取引先に暴露することをほのめかせたうえ、その口止め料として多額の金員を要求して恐喝まがいのことをした結果、遂に同人から告訴されて退社のやむなきに至ったものであり、被告人がFの性格や経営方針に馴染めず、これに批判的な気持を抱いていたことがあったにせよ、被告人の右行為は、同人に対する正当な批判ないし抗議を目的とするものではなく、もっぱら私利私欲を満たすことを目的とし、職務上知りえた同会社の内情を種に同人から多額の金員を取得しようとしたものにほかならず、少なくとも退社の原因そのものについていえば、それはもっぱら被告人の責に帰せられるべきものであり、被告人のFに対する前記のような個人的感情は、他の正当な方法により、右のような行為に出るまでもなく処理されるべきものであったといわなければならない。なお、被告人は、G市役所に在勤中の昭和四一年頃、有印私文書偽造、公文書偽造、詐欺などの罪を犯し、昭和四二年二月懲戒免職により同市役所を退職したが、右犯行によって得た金員を当時愛人関係にあった芸者のために費しており、右市役所勤務当時も、E工業株式会社に勤務していた頃と同様、安定した職業と平穏な家庭をもって一応恵まれた生活を営んでいながら、家庭と勤務先の双方に対する反道義的な背信行為に出て自らその生活を崩壊させているのであって、被告人の生活歴を通観するに、倫理感に欠けた節度のない行動により他人の信頼を踏みにじって意に介しない性格傾向が窺われ、ことにFに対する前記行為は、同人から重用されたことを逆手にとって、職務上知りえた営業上の内部事情を種に、同人の営業の存亡にもかかわりかねない暴挙に出ることをほのめかして、法外の大金を手に入れようとしたもので、まさに常軌を逸した行為というほかない。これを要するに、本件犯行の動機となった金銭的な困窮は被告人が自ら招いたものというべく、原判決が、「被告人の自己中心的な生活態度が結局本件を招来したということを考えれば、その動機にも同情すべき余地はないといわざるをえない。」と判示するところは、十分これを是認することができる。

(二)  原判決がその「量刑理由」欄の一の(一)(二)において詳細に説示するとおり、本件各犯行は、緻密で狡猾な計画のもとに、完全犯罪を意図して冷静に遂行され、ことに本件強盗殺人の犯行態様は、七二才の老令に達する被害者八ヶ代に対し、機をみてその手足を緊縛するなどの暴行に及び、その後二七時間余にわたり、絶えずその身辺で見張りを続けながら所携の切り出しナイフを示すなどして脅迫を加え、その間偶然に思いついた方法によって完全犯罪を遂行するための偽装工作を施したうえ、長時間にわたる苦痛、不安、恐怖のため疲労困憊の極に達してベッドで眠り込んだ八ヶ代の頸部を手で力一杯絞めつけて扼殺したもので、まことに冷酷、残忍というほかないものであり、さらに右犯行後も、さして動ずる様子もなく、巧妙な偽装工作を施す一方、八ヶ代の死体を右殺害現場から約二六〇キロメートル離れた遠方の松林の土中に埋めて遺棄していることにかんがみると、原判決が、本件犯行をもって、「被告人の自己中心的な冷酷無比な人柄を如実に示しているものといっても過言ではない。」と判示していることに、格別誤りがあるとは認められない。付言するに、本件犯行の特異性は、その犯行に着手したのち二七時間余の長時間にわたり、当初計画した強盗殺人の犯意を終始強固に持ち続け、これをいわゆる完全犯罪として実行したことにある。その間被告人は、今し方まで被告人を信じ切っていた老令の被害者と相対し、同人がひたすら助命を懇願し、被告人の求めに応じて心ならずもキャッシュカードなどの暗証番号を教えたり、五女千賀子宛の葉書を書くなどし、遂には長時間にわたる苦痛、恐怖、不安に基づく過酷な精神的緊張によって疲労困憊した挙句、ベッドで眠り込んでしまった様子を逐一目の前にみながら、殺害の実行行為に際してはさすがに逡巡をくり返すという状況があったものの、被害者に対する隣憫、同情といった人間的な感情や道義的な自責の念が結局被告人にその犯行を思い止まらせる機縁として働かず、かえって、被害者の手帳の中に辞世の句をみつけたことから、本件犯行を完全犯罪として遂行することを思いつき、右状況のもとで、極めて冷静沈着にそのための巧妙な計画を立て、準備を整えたうえで、本件殺人行為に及んでいるのであって、そこにみられる被告人の冷酷かつ執拗な態度は、被告人の人格に根ざす悪性が決して浅いものではないことを窺わせるものといわなければならない。

(三)  本件の被害状況については、被害者は、長年勤めあげた中学音楽教師を昭和四二年に退職し、その後妻に先立たれて一人住いをしていたものの、本件当時は既に成人した子供らの援助と恩給により平穏な生活を営んでいたもので、なんら落度もないのに、被告人の身勝手な金銭欲の犠牲となって長時間の苦痛、恐怖を強いられた末に非業の死を遂げるに至った被害者の無念さとその遺族の受けた衝撃、痛恨は計り知れないものがあり、その社会一般に及ぼした影響をも併せ考えると、原判決もその「量刑理由」欄の三において説示するとおり、本件犯行のもたらした被害はまことに広汎かつ甚大であるといわなければならない。

以上のような本件犯行の罪質の重大性、動機、態様の悪質性、遺族の被害感情、社会的影響などに徴すると、被告人の刑責はまことに重大であるというほかなく、被告人に有利な諸般の情状を十分参酌したうえ、なおかつ極刑の結論を選択せざるをえないとして、被告人に対し死刑を言い渡した原判決の量刑も、決して首肯するに難くないものといわなければならない。

ところで、死刑が尊貴な人命の剥奪を内容とする最も冷厳な刑罰であり、真にやむをえない場合にのみ適用されるべき窮極の刑罰であることを考えると、その適用は特に慎重でなければならず、その量刑判断にあたっては、被告人のために斟酌しうべきあらゆる事情について十分な検討がなされなければならないことはいうまでもない。そこで、この点に留意しつつ被告人の情状についてさらに慎重な検討を加えてみるに、原判決がその「量刑理由」欄の四において掲げる諸事情、すなわち、被告人が幼少時罹患した小児麻痺により跛行という身体的障害を負ったことが、その後の被告人の人格形成に何がしかの影響を及ぼしたと認められること、被告人が本件の強盗や殺人の実行行為に着手する際、常に逡巡しながら行動していること、その他被告人の前科関係、反省状況、家庭の事情などが、いずれも被告人に有利な情状として量刑上参酌されるべきものであることは、原判決の説示するとおりと認められる。尤も、被告人の身体的障害の点については、被告人の幼少時においては、両親の愛情に満ちた養育に恵まれて、右障害が被告人の性格に目立った悪影響を及ぼしたような形跡はなく、また経理学校を卒業して社会人としての生活を送るようになってからも、右障害による不利益を格別意識せずに稼働できる職場や平穏な家庭に恵まれ、右障害にわずらわされることのない生活を送ってきたのであるから、本件当時既に四〇才に達していた被告人の人格は、主として被告人自身の自由な意思の所産と認めるのが相当であって、原判決も説示するとおり、被告人の身体的障害の点を特に重大視することは相当でないが、右障害が被告人の幼少時から終始その身体に随伴してきたものであることを考えると、それが被告人の人格形成に何がしかの影響を及ぼしたこともまた否定することができず、その限りで被告人に同情すべき事情が存するといわなければならない。

そこで、すすんで被告人の人格、ことに被告人にみられる悪性の改善可能性について考えてみるに、被告人がその日常的な生活の場面において、身辺の人々の不幸や悩みに対して人間的な共感をもち、ときにはこれらの者に助言や援助を行い、家族や肉親とも相互に世間並の愛情で結ばれ、平穏な家庭生活を営んでいたことは、証拠上これを十分に認めうるところであり、また被告人が本件の強盗や殺人の実行行為に着手するに際し、幾たびか決断がにぶって逡巡をくり返し、ことさら被害者を怒らせて実行のきっかけをつくってみたり、もはやここまできたらあとへ引けないと自分に言い聞かせて意を決するなどしたうえで右実行行為に及んでいることは、結局それが被告人に右犯行を思い止まらせる機縁として働かなかったとはいえ、なお被害者に対する人間的な感情や道義的な自責の念が被告人の心奥に幾許なりとも残存していたことを窺わせるものといわなければならない。さらに被告人は、本件犯行後表面上は平静さを装いながらも、内心では犯行の発覚をおそれ不安におののく日々を送り、逮捕後一時犯行を否認したものの、取調べの警察官らに説諭されて間もなく本件を深く悔い、自己に不利益な内心の事実をも含めて犯行の一部始終を自白し、爾来本件犯行の重大性を改めて感得するとともに、原判示確定裁判の刑の服役中に得た作業賞与金合計六万八〇三二円を二回にわたり慰藉のため被害者の遺族宛に送付し、また右刑の執行終了後大阪拘置所における請願作業によって得た賞与金各一万円宛を二回にわたり被害者のための読経供養を依頼して大阪市内の寺院に送付するなどして、ひたすら被害者の冥福を祈る心境に至っており、また被告人の両親も、謝罪のため再三被害者宅に老躯を運び、日夜被害者の霊にわびてその冥福を祈る一方、被告人にも生涯贖罪に努めることを求めているのであって、犯行後自ら味わった精神的な苦痛を通じ、また両親の心痛に接して、被告人においてさらに反省悔悟の情を深めている様子が窺われ、その反省の態度が単に死刑を免れるための一時的なものと認むべき状況は存しない。これを要するに、本件犯行は、被告人の人格に根ざす悪性の現われとして看過しがたい側面をもつものであるが、右犯行に際して被告人の日常生活にみられる人間性が幾たびかその実行を躊躇させていることなどにかんがみると、被告人の悪性は矯正不可能なほど堅固なものとは考えられず、被告人が現在の反省悔悟を持続して今後さらに贖罪の生活を送ることにより、右悪性を改善し、自らその悪性を抑制することが可能な程度に人間性を回復することを期待しうる余地が残されているものと考えられるし、また現在もなお被告人との精神的なつながりを保持し続けている被告人の妻子や肉親の存在も、被告人の更生を側面から支援する精神的なよすがとなりうるものと考えられる。すでに述べたとおり、被告人の本件犯行は、天人ともに許しがたい悪質非道なもので、極刑を求める被害者の遺族の心情ももっともといわなければならないが、前記のとおり死刑が生命に対する国民の権利を剥奪する内容をもち、それ故に真にやむをえない場合に限って適用されるべき刑罰であることに思いを致せば、被告人になお人間性の存在が認められ、その回復に伴う人格の改善可能性が残されていると認められる以上、被告人を極刑に処して社会の一員として生存する余地を永久に失わせることは、なお苛酷に失し妥当でないと考えられる。すなわち被告人を死刑に処した原判決の量刑は重きに過ぎるものといわなければならない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがいさらに判決することとし、原判決の認定した事実に法令を適用すると、原判示第一の所為は刑法二四〇条後段に、原判示第二の所為は同法一九〇条に、原判示第三の各所為はいずれも同法二三五条に各該当するところ、原判示第一の罪につき前記諸般の情状を勘案して所定刑中無期懲役刑を選択し、以上の各罪と原判示の確定裁判のあった罪とは同法四五条後段により併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない原判示各罪につきさらに処断することとし、なお右の各罪もまた同法四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法四六条二項本文を適用して原判示第一の罪の刑によって処断し、他の刑を科さないこととして、被告人を無期懲役に処し、押収してある剣型スコップ一丁は原判示第二の犯罪行為に供したもので犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木直道 裁判官 井上清 谷村允裕)

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